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2006-08-15

高校のOB会

このお盆休みにぼくの“第2の故郷”である新潟に行ってきました。
毎年8/14に開かれる高校のテニス部のOB会に出席するというのが主な目的だったのですが、既報の通り、先々週四国の旅ですでに一週間休んでいるので、今回は「法事」ということにして2日間だけ休みをとったのです。
いちおう墓参りにも行ったので「法事」というのはウソではありませんが、この日焼けした顔を明日会社でどう説明するのか、例えば“坊さんが遅刻したので墓地でずっと待っていて日焼けしてしまった”とでもいうのか、現在シミュレーション中です(笑)。


ぼくは東京生まれ東京育ちなのですが、高3になるとき父親の転勤に伴って、新潟市の県立高校に転校しました。
東京のときの高校は部活が盛んではなく、高2の秋の新人戦後に早々と現役引退させられる始末でしたが、高校の部活を諦めきれなかったぼくは、転校先の高校でも軟式テニス部に入れてもらったのでした。
そんなぼくを笑顔で受け入れてくれた顧問の先生、部員のみんなには今でも本当に感謝しています。
在籍期間は県総体までのわずか2ヶ月間でしたが、なぜかかなり早い段階でここが自分のふるさとであると思えるようになり、卒業後も現役の練習やOB会などに可能な限り参加するようにしてきました。


ちなみに家内もこの高校の軟式テニス部の出身です。実は高校時代にインターハイ2回・国体1回出場しており、母校では伝説の人となっていて、ぼくは通常「あの○○のダンナ」と形容されております。


昨日のOB会はいつも通り、昼のテニス・夜の飲み会と、滞りなく行われました。いつの間にか出席者の中では年長の部類に入ってしまっていますが、特に気になりません。
また、現在顧問をやっているA先生は、大学時代に同じ部で4年間苦楽をともにした同期であり、それもまた不思議なめぐり合わせだなと感じています。


若いOB・OGと話していると、大学の、しかも体育会でソフトテニスを続けた、もしくは現在続けているという後輩が多いのに驚かされました。これはぼくらの頃にはほとんど見られなかったことです。中には現在関東学生2部リーグの大学の主将を務めているという女の子もいました。


そのほかにも、某実業団チームのレギュラーとして全日本実業団に出場が決定したことを嬉々として報告してくれた後輩もいました。


現役時代は、よくても北信越大会に出られるかどうか、インターハイなど見果てぬ夢、という状態の部員たちでありながら、卒業後もソフトテニスが好きで続けていった結果、意外なチャンスを手にするケースがいろいろあるようです。
どんなかたちでもいい、高校卒業後もテニスを続けていってくれれば・・・と願うわけですが、そのために、われわれはどのような環境を用意してあげられるのでしょうか。
チヨコさんの研究とも関連してきますが、そういうことに少しでもお手伝いができればと思っています。

コメント

Aです。楽しく飲めました。
また、コートに遊びに来てください。

OB会に出席され意外な事が発見されて良かったですね。私の出身高校はソフトテニス部しか無かったんのに、何時の間にかソフトテニス部が廃部になり硬式テニス部になっていました。かなり悲しかったですね。こんなに楽しく、年をとっても楽しめるスポーツってあまりない気がします。

>A先生
おつかれさまでした。
久しぶりに乱打したけど、お互い力の衰えは隠せなかったね。
現役女子高生よりボール遅かったかもしれない・・・
また顔出しますのでよろしく。
>じゃじゃさん
コメントありがとうございました。
ぼくの東京のときの高校は、あるときぼくらに無断でクレーコートをハードコートに改修してしまいました。
ぼくが転校するとき、軟式テニス部員はぼくを入れて2人きりでしたが、ぼくが転校したあと、ぼくのペアは学校から「軟式テニス部を廃部にしようと思うんだがどうか」と打診されたそうです。「そんなことできるわけないじゃないですか」と食い下がって何とかいまでも部は存続しているという話です。
顧問のなり手がいなくなったら、コートの土地を別の用途に使う必要が生じたら、部員が激減してしまったら・・・ある日突然ソフトテニス部がなくなってしまう可能性はあるわけですよね。
いまでもOBとして母校のテニス部に顔を出せることに感謝したいと思います。

A君、久しぶり。
そうかあ、Aが冬のアナタの高校のテニス部顧問なんですね。これは確かに何かの縁ですね。これを読んでいて私も球をうちたくなりました。
元Aのペアより

うちも今日、OGが集まって母校のテニスコートで楽しんだようです。
私は練習試合が入ってしまったので泣く泣く欠席。
いろんな思い出話は楽しいですもんね~。

ソフトテニスを存続するための環境づくり。大切ですね。
私の地元東東京の中学ではほとんどの学校にソフトテニスクラブがあります。校庭が広いこともあり、肩にはラケットを担いだ生徒が数多くいます。反面、少子化で廃校になる学校もいくつかあります。統合するなら校庭の広い方がいいのに、なぜか半分の広さの学校に統合されました。その廃校は団塊世代の私の通った学校の分校でした。当時は1クラス50人以上はざらでしたから9クラスあり計450人位の生徒が1学年にいました。何処へいってしまったのかあの生徒の子孫達!別の意味でも頑張って欲しいですね(笑)

われわれはどのような環境を用意してあげられるのでしょうか。
本当ですね。
テニスを通して豊かな人生を得た、少し年上の我々が、
どんな方法でどんな環境を作ることができるでしょうか。
先細りと言われて久しいですが、
そこのところを考えていきたいと思います。

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