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2015-12-02

文違菊代選手を悼む

今年8月、“史上最強の女子後衛”と謳われた文違菊代さんが亡くなったことを、複数の関係筋から聞いた。


俄かには信じられない話であり、ただのデマであることを祈るばかりだったのだが、どうやら事実だったらしく、ソフトテニス・マガジン11月号にようやく追悼記事が掲載され、ある程度の事実が明らかになった。


それによれば、死因は脳梗塞、享年55歳だったという。



“史上最強の女子後衛”というのは、誇張でもなんでもなく、今でも小生はそうだと信じている。


彼女のプレイを初めて見たのは、1979年4月の女子選抜だった。


インターハイ2連覇という実績を引っ下げ、成田高校から長瀬ゴム(現:ナガセケンコー)に入ったばかりの最初の大きな試合だったが、同じ成田高の先輩である糸賀公子選手とのペアでみごと優勝を果たしたのであった。


そのとき小生は高校入学直前だったのだが、文違選手だけでなく、女子のトップ選手のボールの速さに唖然とした記憶がある。


その大会で文違選手は初優勝を果たした。ここから文違選手の黄金時代が始まるのであった。


その後、何度も文違選手のプレーを見る機会があったが、フォアハンドストロークのボールに与える回転が絶妙だったという印象が残っている。


フラットに当てた状態、つまり回転がまったくかかっていない状態を0とし、極端に薄く当ててスピンがかかりすぎた状態を1とした場合、理想的な当て方というのは言うまでもなく、この0と1の間に収まるわけだが、それが0.5なのか、0.4なのか、0.6なのかはよくわからない。


しかし、文違選手のボールは明らかにその理想のボールであった。フラットの威力と、スピンの安定性を兼ね備えた驚異的なボールだったのだ。
小生は後にも先にも、このような凄いフォアハンドストロークを見たことがない。



文違選手の主な戦績を以下に記す。男子の中堀・高川などと比べると優勝回数は少ないかもしれないが、男子よりもはるかに選手生命の短い女子にあって、この記録は驚異的であると言わざるをえない。


◇インターハイ個人 優勝:2回(1977、1978)
◇インターハイ団体 優勝:2回(1977、1978)
◇国体(少年女子) 優勝:2回(1977、1978)
◇全日本選手権:  優勝:4回(1980、1982、1983、1984)
◇全日本社会人:  優勝:4回(1979、1980、1981、1984)
◇全日本女子選抜  優勝:4回(1979、1980、1981、1983)
◇全日本インドア  優勝:4回(1980、1981、1982、1983)
◇東京インドア   優勝:5回(1979、1980、1981、1982、1983)


文違選手が表紙を飾った『軟式テニス』(現『ソフトテニス・マガジン』)は計7号あった。
そのほか「軟式テニスイラストレイテッド 史上最強の女子後衛・文違菊代-その栄光の軌跡」と題した増刊が発行されたこともあり、それを入れると計8号となる。

この「軟式テニスイラストレイテッド」のように、一人の選手にフォーカスした増刊というのは、その後も発行された記憶がない。文違選手がいかに特別な存在だったかを物語っている。


以下に文違選手が表紙を飾った号のすべてを一挙公開する。


197810.jpg
▲1978年10月号
 インターハイ個人・団体2連覇

198002.jpg
▲1980年2月号
 文違・糸賀ペアにインタビュー

198101.jpg
▲1981年1月号
 皇后賜杯優勝

198204.jpg
▲1982年4月号
 全日本インドア優勝

198401.jpg
▲1984年1月号
 皇后賜杯優勝

198411.jpg
▲1984年11月号
 全日本実業団準優勝

198511.jpg
▲1985年11月号
 世界選手権大会優勝

198502増刊
▲1980年2月号増刊
 軟式テニスイラストレイテッド
 史上最強の女子後衛・文違菊代-その栄光の軌跡



ここまで文違選手についてありったけの紹介をしてきたが、一度もプレーを見たことがない、という方のために、貴重な動画を入手しアップしたので紹介しておきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=AKFE7a-EpII



そういうわけで、逝去されたことは今でも信じられない世界であるが、このようなレジェンドというべき方が亡くなったというのに、ソフトテニス関連の有象無象の各ブログで、この話題に触れているものが皆無なのは、驚きを通り越してガッカリしてしまった。


野球界でいうと、長嶋や王が亡くなったのと同じか、それ以上のインパクトのある話だと思うのだが、この重要なニュースに一切触れていないのはなぜなのだろうか。


それらのブログは、“現在”のトップ選手にはかなりの頻度でフォーカスを当て、ときにはありえないレベルで馴れ馴れしく接しているのだが、引退した選手についてはまったくと言っていいほど取り上げていない。


過去の名選手などどうでもいいということなのだろうか。



・・・話が脱線してしまったが、ある一つの時代が終わりを告げた寂しさを感じざるをえない。
文違菊代選手のご冥福を心からお祈りしたい。
 

コメント

貴重な映像ありがとうございました。
私自身も文違選手の生のプレイは見たことがないのです。大学時代関東にいたのでそのチャンスはあったと思うのですが、残念です。
今の人たちは、文違(ひじかい)って読めないでしょうね。
ご冥福をお祈りします。

ほんとですか。
ちょっと衝撃です。

わたしはファンで何回か見ました。

あの時代に彼女がソフトテニスを世に
広めた功績は大変大きいと思います。

史上最強!
ほんとに憎らしいほど強かった。

全日本インドアの時に
川崎ラケットのカバーに
手伝いをしていた後輩に頼んで
サインをもらったこともありました。
自分ではびびっていけなかったですね。

どこかでまたプレイが見れないかなぁと
思っていました。

とても残念です。
ご冥福をお祈りいたします。

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