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2014-04-07

全日本女子選抜あれこれ

4月5日・6日に開催された第59回全日本女子選抜の第1日目を観戦した。
今年は会場がなぜか昨年までの東京体育館ではなく、代々木競技場第一体育館だった。

yoyogi-1.jpg

この代々木競技場第一体育館には、別な目的では何度か来たことがあるが、ソフトテニスの大会をここで見るのは初めてである。会場に入ってみると東京体育館と同じく、テニスコートが4面確保できることを初めて知った。


先日のブログ「東京高校インドア論評」で、東京高校インドアの会場について苦言を呈したが、こんな便利なところに4面確保できる体育館があるなら、これを使えばいいんじゃないの?と思ってしまった。


この女子選抜、初めて見に行ったのは1979年、第24回大会のときのことで、中学を卒業し高校に入学する直前の春休みだった。中学のテニス部の後輩の女の子たちを連れて駒沢体育館に行ったことを、わりと鮮明に覚えている。


joshisenbatsu1979.jpg
これがそのときのドローである。このときは、成田高校でインターハイを2連覇して長瀬ゴム(現・ナガセケンコー)に入ったばかりの文違菊代選手が、同じ成田高校卒の糸賀公子選手とのペアでみごと初優勝を飾ったのだった。

magazine197907-1.jpg
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▲文違・糸賀ペアの優勝を報じた『軟式テニス』1979年7月号。
 大野美紗子監督(当時)が「見ていてもいいペアでしょう」と自慢していたとの記載がある。


実はこの文違選手が、今回の大会を見に来ていた。ナガセケンコーの関係者らしい人と立ち話をしていたところに遭遇してしまったのだが、現役時代とほとんど変わっていない風貌には驚いた。


さて、ここから先はトリビアの領域に入ってくるのだが、実は手元に第10回大会(1965年)のドローがあるので紹介してみたい。

joshisenbatsu1965.jpg
▲大会ドロー。このころから、協賛は長瀬ゴム、会場は東京体育館で行われていたことがわかる。

senshu1965.jpg
▲選手紹介のページ。これ自体は現在のものとそれほど大きく変わっていないように思える。

misako-ukon.jpg
▲ある選手紹介ページの拡大画像。この右近美紗子さんこそが、後の長瀬ゴム・大野美紗子監督である。
1963年から1965年にかけて、この大会で3連覇を達成、実は1960年にも優勝しているので、通算優勝回数4回という偉業を成し遂げていることになる。


ちなみに、所属の「電電中国」というのは、現在の「NTT西日本広島」の前身である。


ところで、この選手紹介ページをよく見ると、なんと各選手の住所が記載されているではないか!


ファンレターを送りたい人のために公開していたのか、その目的はまったくわからないが、個人情報がどうのこうのと、ものすごくうるさくなっている昨今からすると、信じられない話である。


来年で“還暦”を迎えようというこの大会、古き良き時代に思いを馳せながら、また何か目新しい発見があれば紹介していきたいと思う。

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