--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011-03-21

「ソフトテニスをするのは不謹慎か」へのコメント

東日本を襲った大地震から1週間以上経った。


あの日・・・
小生はビルの13階で新卒の採用面接をやっていたのだが、不慮の事態に面接はほどなく中止。待っていた学生諸君には申し訳ないがお帰りいただいた。(エレベーターが止まってしまったので階段で降りるしかなかったのが、さらに申し訳なかった・・・)


電車はすべてストップしていたので、およそ12kmの道のりを2時間半近くかけて歩いて帰ったが、すでに覚悟はできていたので全く苦にならなかった。


それからの被災地の惨状はもはやここで語るまでもない。


小生は東北地区に大学時代の友人・知人が多いのだが、いまだ連絡が取れない者もいる。ただただ無事を祈るのみで何もできない自分という存在がいかにちっぽけで無力か、あらためて思い知らされている。


週が明けて、今度は原発の事故も発生、会社からは自宅待機や早期帰宅など、さまざまな命令が出て、そのつど右往左往させられたのだった。


しかし、少なくとも周囲の人間は、みなとにかく冷静で我慢強い。
現実を現実として受け容れ、淡々と行動している。
音を上げる者、ましてやキレる者など一人もいない。


そんな中、ソフオンのふくじーにょくんのブログ「ソフトテニスをするのは不謹慎か(3/16付)」を目にした。


国内にかくも甚大な被害が拡がっている中でソフトテニスをすることは不謹慎なのか?という葛藤を綴ったものである。


至極まっとうな疑問というか、問題提起であると思うが、根本的な考え方の部分に多少の違和感を感じなくもなかったので、僭越ながらコメントしたいと思う。


ふくじーにょくんのブログは、おちまさと氏という人のブログを引用したかたちで構成されている。だから、これから述べる小生のコメントは、ふくじーにょくんというよりは、おちまさと氏に対してのもの、と言えるかもしれない。


まず、引用されていたおちまさと氏のブログの一部を転載する。


“例えば美容室に行ったら
節電節水にならないから
それは『不謹慎』なのだろうか。


でも美容室からすれば
それこそが仕事であり
こんな時でも前進せねばと
やる気を奮い立たせて
現場に行ったにも関わらず
そこに来ることが
『不謹慎』と言われたら
そんなに悲しいことはない。”


“その境界線の向こうには
必ず労働者がいることを
忘れてはならないような
気がする。”


“正直
僕もこのブログを
悩みながら書いている。
なぜなら
誰もこの
『不謹慎』のボーダーを
明言してくれないからだ。”



おち氏の主張は、“どんな領域でも、必ずそこにはそれを生業としている人がいるのだから、その人たちに慮らなければいけない”つまり、“通常と同じようにそのサービスを利用すべきだ”と言っているようにも聞こえる。


おち氏はここで「美容師」という職業を例に出しているが、これは非常に微妙なたとえでわかりにくい。
そうではなくて、たとえばカラオケボックスとか、最近節電の議論で必ず槍玉に上がるパチンコ屋とか、もっというと風俗産業とか、そういう業界に従事する“労働者”を例にとったとしたらどうだろう?


この業界の労働者たちも、このような災害の環境下で等しく慮られるべきなのだろうか。


残念ながら小生の答えはNOだ。


職業に貴賎はない。これは大前提だ。


が、職業、というか産業は、すごく乱暴に言ってしまうと2種類しかないと思っている。



「生活に必要不可欠なもの」と「必ずしも必要でないもの」だ。


先ほど例に挙げたカラオケボックスとかパチンコとか風俗は、いうまでもなく後者に含まれる。
東京ドームでナイターを開催することに批判が集まっているプロ野球なども、もちろんこちらに含まれる。


ちなみに、先ほどの「美容師」は、両方の要素を持ち合わせているので、たとえとしてはあまり適切ではない。


後者のことを「平和産業」と呼ぶこともある。小生が従事する広告業界というのもその典型だ。つまり世の中が少なからず平穏なときでなければ必要とされない産業だ。


そのような「平和産業」に従事する者は、今回のような緊急事態が発生した場合には、残念ながら収益が減少あるいはストップすることを最初から覚悟しなければならないのだと思う。


最近新聞記事で読んだ話だが、ある居酒屋では、歓送迎会のシーズンであるにもかかわらず、自粛によるキャンセルが相次ぎ、売上が9割減まで落ち込んでしまったという。


気の毒な話ではあるが、だからと言って歓送迎会を決行するべきかどうかは言うまでもないだろう。


・・・というように、職業の話に入り込みすぎてしまうのはあまり本意ではない。
ふくじーにょくんが問うているのは、「こういう時世にソフトテニスをすることは不謹慎かどうか」ということだ。


これに対する小生の答えは、


「そこにいる参加者が、みなソフトテニスをしたいというモードなのであれば、してもかまわないし、そういうモードでないなら止めればいいんじゃないの?」


という当たり前のような、シンプルな結論だ。


で、おそらく今回の震災の直後は、多くの日本人は自ずと後者に属したのではないかと思っている。


それもきっと地域差があるだろうし、時間の経過に伴って変化もあるだろう。


上記は、どちらかというと、クラブやサークルにおける練習のようなものをイメージしたものだが、問題は、全国規模の大会が予定されている場合の開催可否の判断だ。


春の高校選抜大会については、相当な議論があったようだが、結果として、野球は「開催」、ソフトテニスは「中止」と明暗を分けた。


どちらの判断も間違ってはいないのだと思う。
この手の問題には、決して「正解」はないからだ。


だから、とにかくそのときのモードに忠実に従い、諸事情を勘案しながら関係各者で議論を重ねればよいのだ。


前述のおちまさと氏は、


「誰もこの『不謹慎』のボーダーを明言してくれないからだ。」


と主張しているが、いい年して、誰かにボーダーを提示してもらわないと判断・行動できないのかね、この人は? と思ってしまう。


それくらいのことは自分で考えようよ。
たしかに難しい問題だとは思うが、答えがなかなか出にくいのを人のせいにするのはいかがなものか。


自分では不謹慎かなと思っているのに、他人が「それは不謹慎じゃないよ」と言ったからといって、ソフトテニスをするだろうか?
それほど気持ちの悪いことはないと思う。


「過剰な自粛ムードが経済を停滞させる」という指摘も一部にはあるようだが、やはり自分としては、しばらくはあらゆる局面において、被災者の方々のことを慮った行動を取りたいと思っている。


経済を最優先させたい人はそうすればいい。
少なくとも自分はそうしないというだけだ。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://whoyouknowanata.blog22.fc2.com/tb.php/254-486aff3d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Copyright (C) 軟式庭球研究所. All rights reserved. Template by Underground
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。