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2008-12-22

「ソフトテニスをオリンピック種目に」?(3)

過去2回にわたり、“ソフトテニスをオリンピック種目に”と唱えている方々の動機などについて考察してきました。

今回は、もしもソフトテニスがオリンピック種目になったとしたら、いったいどういうことが起きるのかということを考えてみたいと思います。
ぼく的には、ソフトテニスがオリンピック種目になったらどんな「いいこと」があるのか、ほとんどわからないのですが、「オリンピック種目に」と唱えている方々が期待しているであろう“効果”は、ある程度察しがつきますので、それに従ってぼくの見解を述べてみたいと思います。


【期待されている効果1】マスメディアで報道されるようになる
オリンピック種目になれば、テレビのスポーツニュースなどをはじめ、マスメディアで報道されるようになるだろうと期待するのは当然かもしれませんが、それはそんなに甘くはないと思います。

ソフトテニスがアジア大会の正式種目になったのは、1994年の広島大会だったと記憶していますが、このときぼくはNHKの夜のスポーツニュースで映像を含む結果が報道されることを期待して、テレビの前に釘付けになっていました。

しかし結果としては、映像どころか結果(スコア)すら報道されることはなかったのです。
ぼくはすかさずNHKに電話して問いただしました。

「オリンピックやアジア大会の正式種目になることはソフトテニス界の悲願だったのですよ。どうして結果を一切報道しないのですか」と。

それに対するNHKの答えは、「ああ、そうなんですか~」というものでした。決して意図的にソフトテニスを排除したわけではなく、そもそもソフトテニスが今回正式種目になっていたという認識すらなかった、という感触でした。

正式種目になるという、ソフトテニス界にとっては画期的で喜ばしいことが起きているにも関わらず、それを報道してくれという働きかけを行っていない、広報活動の怠慢が露呈しただけのようにも思えました。

マイナースポーツの扱われ方というのは、所詮はこのようなものだと思います。
オリンピック種目だからといって、報道されない競技はたくさんあります。
例えば北京五輪でいうと「馬術」。馬が反対方向に走ってしまい失格になった、などという“珍事”が起きない限りは報道されないではありませんか。

オリンピック種目になる→マスコミで報道される→メジャーになる という図式を描いている人がいるとしたら、それは残念ながらかなり甘いといわざるをえないでしょう。


【期待されている効果2】トッププレーヤーが世間で認められるようになる
前回のブログで書いた通り、ソフトテニス界ではとっくに認められている人たちが、なぜ「オリンピックに」と唱えるようになるのかというと、それは「ソフトテニス界だけではなく、もっと世間一般の人々から認められたい」からであり、「オリンピック種目になりさえすればマスメディアで取り上げられ、ひいてはソフトテニスが一気にメジャーになる」と信じているからだ、と推察しました。

しかし、まず“マスメディアで取り上げられ”という部分について言えば、前述の通りほとんど期待できないだろうと思います。

そして、これは最も大切な部分なのですが、「オリンピック正式種目などになってしまったら、日本の実力は相対的に低下するのではないか」というのがぼくの見解です。
最初のうち、1~2回程度は従来の枠組み、すなわち日本・韓国・台湾が3強であるという図式は変わらないかもしれません。しかし、もしアメリカ・ロシア・中国などが、本気で研究と強化を重ねてきたら、日本のポジションはかなり危うくなり、「世間で認められる」どころの話ではなくなるでしょう。


ところで、2010年の広州アジア大会ではソフトテニスがいつの間にか正式種目から外されてしまい、すったもんだの挙句に「テニス競技の1種目として実施する」という結論になったことはご存じだと思います。
それが具体的にどういうやり方になるのか、いまだによくわからないわけですが、いまぼくはこのアジア大会の動向に非常に注目しています。
というのは、これはぼくの持論なのですが、「ソフトテニスは(硬式)テニスに対抗して独自路線を歩もうとするよりも、(硬式)テニスの近くにいたほうが、さまざまな面でプラスになることが多い」と考えているからです。

これは非常に乱暴な話かもしれませんが、「テニス」という大きなくくりの中に、仮に「硬式の部」「ソフト(軟式)の部」というのを設けることができたら、単独で「オリンピック種目に」などともがくよりもはるかに注目度も高まるのではないでしょうか。

広州アジア大会で採択される方法が、今後のソフトテニスの方向性を考える上での大きなヒントとなることを期待したいと思います。


今回まで3回にわたって書いてきた「ソフトテニスをオリンピック種目に」というテーマは、ここでいったんおしまいにしたいと思います。
今後何か動きが出てきた場合に、また稚拙な意見を述べさせていただくかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

コメント

No title

冬のアナタさん、こんばんは。ご無沙汰をしております。
いつもながら論理的なお説を拝読して、感服しております。
オリンピック種目へ、に関する考え方は私もこれまでのブログに書いていますので、コメントは差し控えますが、
>ソフトテニスは(硬式)テニスに対抗して独自路線を歩もうとするよりも、(硬式)テニスの近くにいたほうが、さまざまな面でプラスになることが多い
>「テニス」という大きなくくりの中に、仮に「硬式の部」「ソフト(軟式)の部」というのを設ける
は、そうでしょうか?
冬のアナタさんは硬式にもご造詣が深いので真ん中から俯瞰されるのでしょうが、私にとっては硬式はあくまでも『遊び』の対象です。ソフトテニスに偏った人間ですから、冬のアナタさんのようにバランスの良いコメントは出来ませんが、あくまでもソフトテニス(軟式)の側にだけ立って考えると、硬式に寄り添っていく必要性はないと考えます。
私にとって硬式と軟式は似て非なるもの。硬式に『隷属』するべきスポーツとは考えておりません。冬のアナタさんのコメント (特に前2回に比べ今回の) を読ませていただくと、なぜかソフトテニスという競技スポーツを見下されているようで、悲しくなってしまったのは私だけでしょうか?
これはあくまでもそれぞれの考え方の違いであって、冬のアナタさんのご意見を否定するものではありません。冬のアナタさんのコメントに私もいろいろと考えさせていただく機会をいただいて感謝申し上げます。

コメントありがとうございました

クッキーの父さん、コメントありがとうございました。
これまでの3回のブログで初めて反論的なご意見をいただき、とてもいい刺激を受けています。
せっかくコメントをいただきましたので、正面からお答えしたいと思います。
「硬式と軟式は似て非なるもの」。ぼくも昔はそういう発言をしていたことがありましたので、そのお気持ちはわからないでもありませんが、硬式もいざ真剣にやってみると、軟式と似ているところ、違うところがいろいろあることがわかり、視野が広がります。技術的な面でも、硬式に応用できる軟式の技術、逆に軟式に応用できる硬式の技術もたくさん発見できるのです。
ソフトテニス界から外に出たことがないと、クッキーの父さんも自ら認めておられるように「偏った」視点になりがちですが、考えてみれば、違うのはラケットとボール(もちろんその違いが大きいのですが)、そしてネットの中央の高さぐらいではありませんか。フットワークやボールへの反応など、ほぼ同じスキルと言える部分も多々あると思います。
先日、クッキーの父さんが硬式の中体連加盟問題に言及された際もコメントさせていただきましたが、ソフトテニスはそもそも硬式から派生した競技であり、しかも硬式人気のおかげもあって、これまで隆盛してきたという部分も大きいのではないでしょうか。
硬式をほとんどされていないクッキーの父さんにとっては「遊び」と映ってもしかたがないかもしれません。チャラチャラした大学サークルなどがそういうイメージを植えつけているのかもしれませんが、そのような単なる「感想」が、硬式という競技の価値を決めることにならないのはおわかりだと思います。硬式も頂点を極めようとする者の世界は恐ろしいほどシビアです。
ところで、「ソフトテニスという競技スポーツを見下されているようで」とありますが、ぼくのブログを何度読み返しても「見下している」に値するくだりが見つからないのですが。
そもそも見下していたら、ソフトテニスなどやりはしませんし、ここでブログなど書いていることもないでしょう。ぼくが見下すとしたら、ルールを短期間にクルクル変えるとか、広報活動を怠けているとか、シャツの裾をパンツに入れることを強要するなどの、ソフトテニスの発展に逆行する「愚行」であって、ソフトテニスという競技そのものではありません。
また、ぼくのコメントである、
>ソフトテニスは(硬式)テニスに対抗して独自路線を歩もうとするよりも、(硬式)テニスの近くにいたほうが、さまざまな面でプラスになることが多い
>「テニス」という大きなくくりの中に、仮に「硬式の部」「ソフト(軟式)の部」というのを設ける
という部分は、あくまで(硬式)テニスと「共生」していこうということであり、そこでは硬式と軟式は当然のことながら対等であるべきと考えています。
しかし、それをどうして「硬式に寄り添って」「硬式に『隷属』する」のように、硬式が主で軟式が従であるという強引な読み方をされるのでしょうか。
2010年の広州アジア大会の結末は、(硬式)テニスという競技の1つとして入れてもらった、ということだったと思うのですが、それでも硬式は「遊び」でしょうか。「似て非なるもの」として無視すべき、あるいは敬遠すべき相手なのでしょうか。
ぼくにはそこのところがよくわからないのです。
シングルスのルールの変遷を振り返っても、結果的にどんどん硬式に近づいてきているではありませんか。
硬式は残念ながら、テニスという領域においてはあらゆる面で「先行者」です。そこから学ぶことは大きいと思います。
その上でソフトテニスにしかない独自の魅力も感じているからこそ、ぼくはプレーもするし観戦もするわけで、そこには何の引け目もありません。
このスポーツに関わってこられたことを誇りに思っています。
長文失礼いたしました。
このような議論は非常に有意義だと思いますので、これからもどんどん厳しい(?)コメントをお願いいたします。

No title

こんばんは。
言葉は難しいものですね。
硬式は『私にとって』遊びであって、硬式の競技自体を遊び程度のものとはどこにも記してはおりません。硬式を競技として認めないというほど『無知』に思われたようですが・・・笑。
『単なる感想』で申し上げてはおりませんので悪しからずお願い致します。
『隷属』と感じたのは、
>ソフトテニスは(硬式)テニスに対抗して独自路線を歩もうとするよりも、(硬式)テニスの近くにいたほうが、さまざまな面でプラスになることが多い
ただ、隷属ではなく『共生』をお考えでの事ならばそれは私の『誤解』によるもの。ご容赦下さい。その上で改めて具体的にはどのような距離感にあるとどのようなプラスがあるのかご教授下さい。
冬のアナタさんのコメントの
>ソフトテニスはそもそも硬式から派生した競技であり、しかも硬式人気のおかげもあって、これまで隆盛してきたという部分も大きい・・・
私がブログで『対抗』すべきは硬式テニスという競技ではなく、あくまでも中体連加盟に対して『ソフトテニス界として危機感を持って対応すべし』と取り上げた事は冬のアナタさんのコメントにお答えしたとおりです。
『見下し』と感じたのは、
>ソフトテニス界ではとっくに認められている人たちが、なぜ「オリンピックに」と唱えるようになるのかというと、それは「ソフトテニス界だけではなく、もっと世間一般の人々から認められたい」からであり、「オリンピック種目になりさえすればマスメディアで取り上げられ、ひいてはソフトテニスが一気にメジャーになる」と信じているからだ
確かにゼロとは申し上げませんが、少なくともしっかりと汗をかいている人の想いを断じられる事はないと思いますよ。
>アメリカ・ロシア・中国などが、本気で研究と強化を重ねてきたら、日本のポジションはかなり危うくなり、「世間で認められる」どころの話ではなくなる
確かにそうなれば競技としての厳しさは『増す』と思います。しかし、日本の技術革新がなされなければ、であって、それほど日本の技術とこれからの進歩を過小に思うことはないと思います。
広州アジアについては、ソフトテニスの競技の認知もさることながら、開催国のメダル受賞の可能性がある競技か否かが大きな要素ではないのでしょうか?これは中国だからではなく、東京五輪の柔道然り、ソウル五輪でのテコンドー然り、そしてロンドン五輪での野球・ソフトボールの廃止然り。
ですから私も冬のアナタさんと同様にむしろ広州でのソフトテニスの位置づけは、『転んでもただでは起きない』連盟の努力に期待をしたいところです。
博識の冬のアナタさんに『議論』を吹っかけるのはとても恐れ多い事である事は重々承知しておりますが、ご容赦くださいませ。
そして、あらゆる面で『先行者』である硬式テニスから学ぶべき点を具体的に教えていただければ、是非参考にさせていただきたいと思います。

No title

イブの夜という貴重なお時間に再度コメントをいただきありがとうございました。
ぼくは夜更かし早起きが苦手なので、こんな時間にしかお返事できませんことをご容赦ください。
言葉は正確に使いさえすれば決して難しいものではなく、むしろとても便利なものだと思いますよ。
さて本題です。
「私にとって遊び」という表現は、どう考えてもクッキーの父さん個人の「感想」でしかないと思います。「感想」という表現が適当でないのなら「ポリシー」とか「捉え方」と言い換えてもいいでしょう。その直後に「単なる『感想』で申し上げてはおりません」と述べておられるのは矛盾があるのではないかと思うのですが、まあ、それはご本人がそうおっしゃるのだからそういうことなのでしょう。
しかし、その「私にとって遊び」という個人的な価値観が、この文脈の中でどのような普遍性や説得力を持つのか、ぼくにはわかりません。
ぼくのコメントである、
>ソフトテニスは(硬式)テニスに対抗して独自路線を歩もうとするよりも、(硬式)テニスの近くにいたほうが、さまざまな面でプラスになることが多い
という部分は、ブログ本文でも記している通り、ぼくの「持論」にすぎません。あるいは今後に対する「希望的観測」ともいえます。
たとえば、2010年アジア大会の動向に注目していることは、本ブログで書いた通りですが、「テニスの種目の一つとして実施」されるとはいえ、もしも結果的に、まるでソフトテニスが独立した競技であるかのような見え方で実施されたとしたら、今後も「テニスの種目の一つとして実施」というやり方を選択肢の一つとして持っていたほうが、アジア大会の種目として残る可能性は高いのではないか、もしかするとオリンピックへの道も開けてくるのでは?ということです。
その他、いただいたコメントにお答えしますが、
>私がブログで『対抗』すべきは硬式テニスという競技ではなく、あくまでも中体連加盟に対して『ソフトテニス界として危機感を持って対応すべし』と取り上げた事は冬のアナタさんのコメントにお答えしたとおりです。
しかし、その際にクッキーの父さんは「硬式を中体連加盟から駆逐」という表現を使われました。「駆逐」というのは手元の辞書によれば「追い払うこと」という意味だそうです。危機感を持つことはとても大切だと思いますが、具体的には硬式に対してどのような働きかけを行っていくイメージをお持ちでしょうか。
>少なくともしっかりと汗をかいている人の想いを断じられる事はないと思いますよ。
第1回のブログでも書きましたが、「しっかりと汗をかいている」のが事実だとして、具体的にどういうことをしているのかぼくにはまったく見えないのです。どういう取り組みが行われているのか、もしご存じでしたらぜひ教えてください。(ただし、かけ声をかけるだけで「汗をかいている」ことにするのはNGですよ 笑)
>日本の技術革新がなされなければ、であって、それほど日本の技術とこれからの進歩を過小に思うことはないと思います。
できればぼくもそう思いたいです。ただ、これまでの流れを振り返ると、韓国のカットサーブ、台湾のダブルフォワードに代表される外国勢の新戦法にことごとくやられ、やられてから初めてその戦法を真似ることによって追いついてきた、という経緯は否定できないと思います。
新戦法を編み出すのがすべてではないと思いますが、日本代表に対しても、それこそ外国勢を「駆逐」しうるような工夫、というか戦略のようなものを期待したいと思います。
>ですから私も冬のアナタさんと同様にむしろ広州でのソフトテニスの位置づけは、『転んでもただでは起きない』連盟の努力に期待をしたいところです。
そもそも、なぜ今回ソフトテニスがいきなり正式種目から外れてしまったのかをもう少しきちんと検証しなければいけないと思います。このことについてぼくは詳細を知りませんので軽率な発言は控えますが、「連盟の努力」というものが最初からあればこんなことにはならなかったようにも思えます。
>あらゆる面で『先行者』である硬式テニスから学ぶべき点を具体的に教えていただければ、是非参考にさせていただきたいと思います。
そうですね、ちょっと考えただけでも「マナー」「観客に対するホスピタリティ」「ウェア・用具の自由度」「広報活動」「資金の集め方」などなどいろいろあるのではないでしょうか。
余談ですが、今年青森で開催された天皇杯・皇后杯において実施された「おもてなし広場」「すべての試合進行がひと目でわかるボード」などのさまざまなアイデアは、ナロさんが硬式の大会からヒントを得てアドバイスした結果であることをご存じでしょうか。
ぼくはまだ学んでいる段階ですが、このようにすでに採用されているものもあるということをご理解ください。
そして、クッキーの父さんも(硬式がキライでしかたがないのなら無理にとは申しませんが)硬式にも暖かい眼差しを注いでいただき、そこから学べることがあるのであればぜひ学んでいただけますようお願いをしたいと思います。
またまた長くなってしまい申し訳ありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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