--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008-05-18

駒沢オリンピック公園の想ひ出

先日、今年の8月に熊本市で行われる全国小学生大会の東京都予選会が、駒沢オリンピック公園で行われました。
今年小6になった娘も出場し、予選リーグを2位で抜けたのですが(この時点で16本かな)、決勝トーナメントでは最終的に全小の代表になったペアと当たり、5分ほどで玉砕しました。ほとんど予定通りの結果なのですが、それでも都の大会で予選リーグを抜けられるようになったのかと、その成長ぶりに驚きました。

この駒沢オリンピック公園、実は中3のときに出場した都大会(団体戦)の会場なのでした。あれがたしか1978年の6月だったので、ちょうど30年前ということになります。
ぼくらは東京都の第1ブロックという、4つの区で構成される地区の予選に出場したのですが、明らかにダークホースでありながら、いつの間にか決勝に進出、決勝では惜しくも1-2で敗れましたが、思ってもいなかった都大会へのキップを手にしたのでした。

都大会は6月のある日曜に開催されたのですが、実はその日、中学校の運動会と重なっており、ぼくらを都大会に出場させるべきか、あくまで学校行事を優先させるべきか、職員会議では相当な議論が行われたと、後になって聞きました。

その結論は、

 “都大会には出場してよいが、負けたらすぐに帰ってきて運動会に出ること”

というものでした。その“温情判決”には今でも感謝しています。

都大会当日は、3校による予選リーグで0勝2敗とあえなく敗退し、約束どおり学校に戻ってきて騎馬戦に出場しました(涙)。

あれから30年が経つのか。。。

この駒沢オリンピック公園のたたずまいは、当時とほとんど変わっていません。
都内の公園のコートがほとんどオムニに変わってしまっている中、変わらずクレーであり続ける8面のコート。上から見下ろせるようになっているちょっと変わった構造・・・
自分たちのときと同じこの会場で、次の世代がボールを追いかけている・・・うまく言えないんですが、そのことにじーんとくるというか、ある感慨を持たざるをえません。

思えば、もともとスポーツ、特に球技はそれほど得意ではなかったぼくが、現在でも細々とテニスを続けているのは、このときのほとんど“まぐれ”の都大会出場がヘンな自信となってしまったからなのかもしれません。それが単なる勘違いだったことは、その後高校・大学・社会人を通じて、あらゆるタイトルと無縁であったことから明らかなのですが、たとえその勘違いが原動力であったにせよ、テニスをここまで続けてこられて本当によかったと思っています。

テニスというやつは、いまだによくわからないというか、思い通りにならないというか、不思議な魅力をもったスポーツだと思います。でもそれだからこそ、余計に魅力を感じられるのかもしれません。今後もずっとテニスと仲良しでいたいと思っています。

20080518001442.jpg
▲中学の卒業アルバムより。同級生のみんな、無断で掲載しちゃってゴメン!
地区予選準優勝の賞状を持ってしゃがんでいるのが小生です。こうやってみると、みんなひ弱な感じで、およそ運動部という感じがしません。
ちなみに、何人かが着ているウェアは1年のときにそろえたもので、ミズノの「WORLD WIN」というブランドです(懐かしい!)。襟がやたらとんがっているのと、ボタンの位置がかなり低いところまできているのが、当時の流行だったようです。

コメント

No title

昔風に言えば、「紅顔の美少年たち」ですね。
不満足ではあったけど、やるだけはやった。そんな気分が見て取れます。
「想ひ出」かあ。娘さんと成長と重なっていいですね。
私はさらに+14年です。
学校行事との重なりは、今でも問題になりますね。それが学校最大行事運動会となると?
上につながる大会なら部活動優先、ローカルな大会なら学校行事優先と言うところでしょうか。
悩ましいところです。しかし、「負けたらすぐ帰校」と言う結論は相当な議論の果てに出たものでしょう。その先生方は偉い。
 私どもも選択肢として使わせていただきます。

No title

アゴイ!さん、コメントありがとうございました。
そうなんです。運動会と重なったにもかかわらず出場させてくれたというのは、実は相当大変だったようなのです。どの先生が賛成し、どの先生が反対したのかはわかりませんが、日頃ぼくらが一生懸命練習をしていたことを知っていた何人かの先生が、そっと後押ししてくれたのではないかと思っています。

No title

 久しぶりに寄りましたら、なんとも懐かしい写真。30年、もうそんなになりますか。
 断片的な記憶しかありませんが、当時は出場できて当然ぐらいにしか考えていませんでしたが、O先生などが尽力してくだっさったんでしょうね。あり難い事です。
 それより何より、私と言うハンディを背負いながら孤軍奮闘、駒沢へ導いてくれた冬のアナタさんに改めて感謝申し上げます。
 このシャツもいろいろありましたね。購入時にはI先生にお叱りを受けたり、都大会では馬鹿げたルールで着られなかったり。懐かしい思い出です。
 
 お嬢さん、たいへんな活躍ですね。将来が楽しみ。ぜひソフトテニス界の『石川佳純』チャンになってください。

No title

うわーっ、ピーピングKさんだ。お久しぶりです。
「私というハンディ」なんてとんでもございません。あの頃は対外試合でも少しずつ勝てるようになって楽しかったなあ。都大会の予選リーグでもわれわれだけは1勝したように記憶していますが・・・
都大会の当日はものすごい強風でしたね。台風とかは別として、晴れていながらあんなにひどい風は後にも先にも見たことがありません。
ところで、母校の中学のテニス部が今年から1年生の部員の募集をやめ、ゆくゆくは廃部の方向らしいです。現在、保護者に立ち上がってもらうようお願いしています。
・・・って、ブログコメント欄でローカルな話題をするのはこのへんにして、また追ってメールしますっ!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://whoyouknowanata.blog22.fc2.com/tb.php/128-8b828451
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Copyright (C) 軟式庭球研究所. All rights reserved. Template by Underground
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。