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2008-02-12

ソフトテニスチャレンジ川崎大会を終えて

すでに皆さんがいろいろな角度から書いておられますが、「ソフトテニスチャレンジ川崎大会」なるイベントを無事に終えることができました。


いやあ、100点満点で70点取れれば合格かな、くらいに考えていたんですが、95点はもらえたんじゃないかな。


ここに至るまでの過程について、特にブログなども書いてはいませんでしたが、実はかなりの時間と労力を割いて準備にあたってきました。今回、笑行陣さんの事務所を拠点にさせていただきました(この事務所がなければ実現は困難でした)が、会社から歩いて10分ほどで行ける距離にあり、仕事を終えてから事務所に集まって終電近くまでいろいろ作業、という日々が続きました。


学生時代、学連の役員として選抜インドア大会の運営などを手がけてきました。近隣の中学校に案内状を送付するとか、大会プログラムをこだわって作るとか、大会当日のBGMを自分の好きな曲で構成するとか、そのへんの手づくりな感じは、今回のイベントともかなり重なる部分がありました。
思えば、それまでずっと教員志望だったぼくが、民間企業へと心変わりしたきっかけは、その学連の仕事を通じて組織を運営していくことの醍醐味を知ったからでした。
会社に入ってからも、さまざまなイベントに関わることはありましたが、いずれもクライアントありきの"業務"であり、また基本的な作業はすべてイベントプロダクションに委託するということで、自分なりの味付けができる余地はほとんどありません。(手間ばかりかかるということで、いまではイベントはキライな仕事のワースト3に入っています 笑)
自分たちの工夫がストレートに全体に影響するという意味では、学生時代の大会運営以来、実に四半世紀ぶりのイベントであり、しかもそれとは比べ物にならないくらい規模が大きいということで、非常にやりがいがある一方、不安材料も山ほどある、そんな状態でした。


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■イベント前日(2/8)
築地の事務所に寄って荷物を運び出し、現地に向かう。
前日の主な作業内容は、ラインテープ貼り、横断幕の設置、机・椅子など什器類の搬出などなど。この準備の時間にも施設使用料が発生するということで、当初は、当日朝の1時間で準備しようかという話もあったが、それはどう考えても不可能であり、できるだけ前日にやっておこうということにした。
17:30~21:30の4時間あるので、かなり余裕はあるだろうと思っていたが、時間はどんどん経っていった。一番心配していたラインテープ貼りが、思いのほかうまくいったのがうれしい。
総合プロデューサーの小峯秋ニ氏到着。初めて会った気がしないが、実はお話しするのは初めてであった。(小峯秋ニ氏との出会いについてはまた別の機会に)
設営を終えて会場でミーティングができるだろうと思っていたが、21:30ギリギリまで作業が続き、そんな余裕はまったくなかった。
本番を明朝に控え、何か大きな忘れ物をしているような気がしてならず、食事も兼ねて打合せを行うことにした。
nimotsu.jpg

▲事務所から運び出した荷物。これをクッキーの父さんのクルマと2台で会場へ。


向かったのは前泊組が宿泊するホテルに隣接した居酒屋。ここで中堀選手・高川選手到着。
前泊組の皆さんは、ビールだ、熱燗だ、と飲み始めたが、クルマのぼくはウーロン茶で我慢。打合せに徹するつもりが、話題が別の方向に行ったりして、結局確認しておきたいことが確認できないまま帰宅することとなってしまった。


早く家に帰り(さっき我慢していた酒を飲みながら)明日の受付のスタッフ配置リストをつくらなければ、と思っていたからか、知らないうちにスピードが出ていたらしい。自宅近くで原付を追い抜いたところを覆面パトにつかまり、キップを切られてしまった。50km制限のところを72kmで走っていたという、何ともセコい取り締まりであり、警官とは相当激しくやり合ったが、時計はすでに1時を回っており、とにかく一刻も早く家に帰りたいという思いから、おとなしくサインをした。反則金1萬5阡圓也。あーあ。


家に帰って飲みながらリストを作るも、今度はプリンタが言うことをきかない。しかたなく笑行陣さんにファイルを送りプリントを依頼。このとき時刻は3:30。笑行陣さん、ありがとうございました。


■イベント当日(2/9)
2時間ほどの睡眠で起床。とどろきアリーナに向かう。ただ脳は覚醒していなかったらしく、財布など貴重品一式が入っているウェストポーチを家に忘れてしまった。取りに帰る時間はない。まあいいか。


前日にほとんどの準備をしておいたので、気分的にもややゆとりがある。
トランシーバーをつけて各自が準備の体制に入る。武蔵小杉駅に選手を出迎えに行ってくれていた笑行陣さんから次々と連絡が入る。タクシーが予定通りに来てくれて想像以上にスムーズに選手が到着した。
senshu.jpg

▲大会開始前に選手全員集合


入口には中学生をはじめとする来場者が長蛇の列を作り始めていた。前売りで1100人を超えていたので、ある程度覚悟はしていたが、実際に目の当たりにすると、その規模のすごさに驚かざるをえない。


9:00開場。4列の受付にすごい勢いで来場者がなだれ込む。ただ、大変だったのは最初の10~15分であり、ほどなく受付の列を2列、そして1列と縮小することができた。つまりほとんどの来場者の方々が時間通りに集まってくれたということであり、ここでもこのイベントに対する期待の大きさを実感できた。


イベントの内容について、多くを語ることはやめておく。
静かに始まった「観戦型イベント」だったが、選手の「すごいプレー」が続出するたびに拍手や歓声が大きくなり、第3試合のダブルフォワードでその盛り上がりはピークに達した。ほかではまず見ることのできない選手の多彩なパフォーマンス、中高生たちが選手一人一人に送る黄色い声援、ここですでにこのイベントは9割方成功したと確信した。
打ち上げの席で小峯秋ニ氏とも話したが、選手たちは本当に伸び伸びとプレーし、無数のミラクルショットを見せてくれた。
選手の皆さんには大会運営係はできるかもしれないが、われわれには選手の代わりはできないのです。選手の皆さんの技量・能力・サービス精神にあらためて感謝!!


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このイベント、入念な打合せを重ね、運営マニュアルも何度もブラッシュアップしてきたのですが、やはり確認しきれていない部分が多々あったのです。
たとえば撤収作業。
撤収作業のリストは作ってあったのですが、それぞれの作業を誰がやるのか、その分担を決めていなかったのです。
次にアリーナを使う団体が控えており、撤収に与えられた時間は1時間足らずしかありませんでした。
が、ネットをはずしながら振り返ると、誰が指示したわけでもないのに、ラインテープが次々と剥がされている。
「あ、この作業って誰がやるんだっけ?」と思って、確認しにいくと、必ず誰かがそれをきちんとやっている。今回はそんな感動の連続でした。よくわからないけど、こういうことがいわゆる“チームワーク”なのではないかと思い始めています。


ソフトテニスの未来に向けて、今回のイベントがどのような影響を与えられたのか、まだよくわかりません。
しかし、こういう活動をできる範囲で継続していくことで、ソフトテニスの歴史にほんの引っ掻き傷くらいの足跡を残すことができたらと思っています。


選手の皆さん、スポンサーの皆さん、ボランティアスタッフの皆さん、来場者の皆さん、今回このソフトテニスチャレンジに関わってくださったすべての方々にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。

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