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2007-04-12

A君とのこと

またもやすっかりごぶさたしてしまいました。


前回の更新が2/7でしたので、もう2ヶ月以上が経過したことになります。
この約2ヶ月間、仕事もテニスもそれ以外も、いつも通り過ごしていました。
ソフトテニスについても、


 ・2級審判員講習受講
 ・ナロ・リゾートカップ参加
 ・ジュニア講習会(講師=中尾・高田組)引率
 ・全国高校選抜(名古屋)日帰り観戦
 ・全国小学生大会(白子)日帰り観戦


などなど、むしろいつも以上に活発に行動していたのです。


ただ、2月のある日、大学の軟式庭球部で4年間苦楽をともにした同期が、突然心筋梗塞で急逝してしまうという事件があり、しばらく筆が進まなかったというのが正直なところです。


仮にA君としておきます。今日は彼との想い出を少し綴ってみたいと思います。


  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


A君とは現役のころ、下宿が近かったこともあり、本当によく酒を飲みました。彼のアパートの入口に彼の下手くそな字で、「A」という表札のようなボール紙が貼ってあったのが懐かしく思い出されます。


それまで前衛のA君とは組んだことがなかったのですが、現役最後の大会、つまりうちの大学が最終目標としている某大会(団体戦での優勝が目標)で、優勝の可能性がなくなった段階で同期の主将がぼくとA君を組ませて使ってくれたのです。甲子園とかで勝ち目のなくなった学校が9回裏に3年生の補欠を立て続けに代打で起用することがありますが、あれに近い感じです。


A君とは2試合を戦いました。1試合目はわりと楽に勝ったのですが、2試合目はファイナルにもつれ込みました。あるカウントでA君がクロスへのサーブを指示したので、その通り打ったらノータッチエースをとることができ、結果的に勝つことができたのはとてもいい想い出となっています。


A君はちょっと斜に構えたところがあり、大学卒業後は「同期の結婚式とかなら万難を排して出席するけど、いわゆるOB会の類には出ない」と公言していました。しかも軟式は一切せず、早い段階で硬式を堪能していました。


ぼくは最初、そんなA君の気持ちが理解できませんでしたが、自分も硬式をするようになってからは、ときどき一緒にテニスをするようになりました。無謀にも名門「田園テニス倶楽部」の男子ダブルスに参戦したのもいい想い出です。


「OB会には出ない」と突っ張っていたA君ですが、加齢に伴う心境の変化もあったのでしょう、40歳過ぎたころから、OB会などにもマメに顔を出してくれるようになりました。OB会では軟式・硬式入り乱れて好きなほうをやるのですが、彼とはもっぱら硬式のゲームを楽しみました。
ぼくがサーブを入れて、相手のリターンをA君がポーチ! ボールこそ違うけど、このパターンは軟式そのものでした。


A君は前夜までは元気だったそうです。夜中に異常に大きないびきをかいていたため、奥さんが救急車を呼んだらしいのですが、すでに手遅れだったとか。
仕事がかなり忙しそうだという感じはしたけど、過労気味ではなかったのか気がかりです。


ああ、本当に悲しい・・・
硬式のラケットについて、ガットの素材とかテンションのうんちくを語り合ったなあ。
天国でまたいっしょにダブルス出ようよ。楽しみにしてるね。

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