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2006-12-30

昔のマガジン【続編】

村主章枝さま、ごめんなさい。
昨夜の全日本フィギュアで貴女の演技を見ていたとき、貴女の名前を間違えて「ふぐりすみえ」と言ってしまいました・・・


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


以前、「昔のマガジン」というブログを書いたことがありました。現在の『ソフトテニスマガジン』が、かつては硬式の『テニスマガジン』といっしょになっていて、ひとつの雑誌に硬式・軟式両方の情報が載っていたという話でした。
そのときに、この『テニスマガジン』の創刊号を入手したいということも申し上げておりましたが、本日ついにこれを入手いたしました!




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▲創刊は1970(昭和45)年10月でした。表紙はこの年のインカレ個人を制した常久正則選手(日大)です。『テニスマガジン』の創刊号はなんと軟式の選手で飾られたのでした。
この年、大阪万博が開催され、冬のアナタは小学校に入学しました。運動会では三波春夫の「世界の国からこんにちは」の曲でフォークダンスを踊らされた記憶があります。


さて、内容を少し見ていきましょう。



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▲この創刊号はいきなり全日本選手権(天皇杯)の結果を載せているのですが、当時の全日本は一般だけでなく成年や壮年など、さまざまな種目が行われていたのです。
写真の上は成年男子の優勝ペアですが、前衛の人のメガネをはじめ、全体として現在の成年よりもはるかに老けているように見えるのは気のせいでしょうか。



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▲これはよくありがちな連続写真のページです。7ページにわたって写真が連続しているのですが、よく見ると上段は軟式の選手、下段は硬式の選手のフォームになっています。
長い間テニスをしていますが、軟式と硬式が混在した連続写真を見たのは初めてのことです。
ちなみに軟式の選手は、浅越和美選手(青学大卒)、硬式は後にデ杯監督も務める坂井利郎選手です。



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▲「スマッシュをうて!」という、トホホなタイトルの連載マンガです。
イラストのタッチが、後の「エースをねらえ!」に酷似していて驚かされます。



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▲極めつけはこれ!
海外で行われたテニスウェアのファッションショーの写真を、なぜかモノクロで載せております。
いったい誰のために4ページも割いてこんな企画を立てたのかまったくわかりません。



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▲シャラポワも顔負けのこのファッション、「レースのブラとショーツの上からシースルーのワンピースを着ています」とのキャプションがついています。こんな素敵なウェア、当時の日本軟式庭球連盟は公認しなかったのかな?(笑)


というわけで、年の終わりにこんな宝物をゲットできてとても嬉しく思っています。
これが今年の最終ブログかと思います。
今年も本当にお世話になりました。
来年はもう少しプレーもしたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。


皆さま、よいお年をお迎えください。

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